GT300マシンフォーカス:変わったけれど、変わらない!?  2020年型メルセデスAMG GT3

 スーパーGT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターや魅力をエンジニアや関係者に聞く”GT300マシンフォーカス”が、今季も遅ればせながら復活。変則的スケジュールのシーズンとなった2020年初回の1台は、65号車『LEON PYRAMID AMG』が登場。第6戦終了時点でシリーズランキング首位を行く2020年型Mercedes-AMG GT3の素性と従来モデルからの進化幅や相違点を、K2 R&D LEON RACINGのチーフエンジニア、溝田唯司氏に聞いた。

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 メルセデス・ベンツSLS AMG GT3とヨコハマタイヤの組み合わせでシリーズ参入を果たし、2016年にメルセデスAMG GT3へとスイッチ。翌年にはタイヤ銘柄をブリヂストンへと変更して現在へと続く体制を整えたチームは、2018年に念願のシリーズチャンピオンを獲得。初の戴冠ながらドライバーズ、チームの両部門を制する快挙を成し遂げた。

 そのK2 R&D LEON RACINGは、今季も不動のエース蒲生尚弥を中心に昨季シーズン途中から加入した菅波冬悟のペアで挑み、第4戦もてぎでは2019年最終戦のリベンジを果たす今季初優勝を達成。続く第5戦富士では100kg(数値上は117kg)ものウエイトハンデを搭載しながら、3位表彰台を獲得するなどランキング首位を快走している。

「その富士では走り始めからクルマがバインバインして動きが収まらないし、助手席のウエイト搭載上限は50kg(それ以上は任意)ですが、他に積める場所もないですし……。おかげでまっすぐ走ってても右に持ってかれるような状態でした」と語るのは、チームが走らせてきた前述のすべての車両で、技術面の舵取りを担ってきた溝田エンジニア。

 今季、新たに獲得ポイント×3kgとのウエイトハンデ運用規則が採用されたGT300クラスでは、シーズン中盤に搭載上限の100kgに到達するマシンが続々と現れた。そのうちの1台となった65号車LEON PYRAMID AMGは、チームにとってもタイヤメーカーにとっても未知の領域となったシーズン3度目の富士スピードウェイで公式練習からロングランに徹してタイヤ摩耗やマシンへの影響を確認。

 その時点で、双方ともに「これ、Q1ダメだね」という雰囲気が漂ったというが、予選を前に「たまたま当たった」というセット変更で蒲生がQ1を突破。Q2では「たまたまコンディションがマッチして」菅波が3番グリッドを獲得し、チーム全員が「想定外でビックリ」という3位表彰台へ。続く第6戦鈴鹿でもセーフティカーの混沌に乗じて10位に入賞。しぶとく1ポイントを加算した。

 そんなチームが走らせる今季のMercedes-AMG GT3は、モデルライフ最大と言えるアップデートが施された2020年型の通称”EVO”モデルとなっている。外観では大型化されたフロントグリルと新型カナードが目を引き、スプリッター類やリヤバンパーの形状変更によるディフューザーの容量拡大など空力性能の向上を主眼にリデザインを受けた。

 また内部にも細かな改良が実施され、主に整備性の向上を狙ってフロントのビーム構造を見直し、熱交換器やエアフィルターへのアクセスを容易にした他、リヤバンパーを一体成形から3分割構造として、ダメージを受けた部位のみの交換を可能とした。

 そして走りの性能に影響する部分でも、6.3ℓV型8気筒自然吸気の”M159″型は継続ながら、AMG製のトラクションコントロールと、ボッシュ製を使用するABS(アンチロックブレーキシステム)の制御を高精度化。とくに後者では、従来から定評のあるブレーキングの安定性をさらに高めるデバイスとして、大きな武器になることが予想された。

2020年型Mercedes-AMG GT3を導入したK2 R&D LEON RACING

6.3ℓV型8気筒自然吸気の”M159″型は継続。高地補正のない通常時で34.5mm×2という小径リストリクターに加え、燃調でも自然吸気FIA GT3勢で唯一の調整を受ける

■”メルセデス推奨セット”にも変化が起こっている20年型モデル
「20年型の一番大きな変化は……外観? でもそれで『ダウンフォースが増えた』っていう人もいるんですけど、クルマには荷重計もついてないですし、ほぼ同じ条件で走ったときにセクタータイムもトップスピードもそんなに変わらず。富士を走ったときも結局変わったのは路面改修されてる部分だけだった。正直に言って『何が変わったの?』っていう。フィーリングも変わらないし、フィードバックでもそこまで大きな変化はない」と、のっけからこちらの期待値を軽やかに裏切る言葉を続けた溝田エンジニア。

「他が分からないので、キャラクターというと何とも言えないですが、みんなが言うのはブレーキングが安定してる。ただ、SLSの頃から比較しても基本的な考え方は変わってないと思います。クルマの作りを見てもそうですし、若干ガワが変わって……ドラッグが増えたのかダウンフォースが増えたのかは分からないけど、ストレートのスピードはなくなっちゃいましたよね」

 相変わらず厳しいBoP(バランス・オブ・パフォーマンス/性能調整)の適用を受けるMercedes-AMG GT3は、高地補正のない通常時で34.5mm×2という小径リストリクターに加え、燃調でも自然吸気FIA GT3勢で唯一の調整を受け、わずかな給油時間のアドバンテージと引き換えにパワーが絞られるなど困難な状況が続く。

 その上で、欧州より格段に高いグリップを持つタイヤと路面ミューの環境で勝負を強いられるだけに、エンジン以外の領域で勝負せざるを得ないのが現状だ。しかしストップ・アンド・ゴーのもてぎを制した得意のブレーキング面でも、意外な難敵に苦しめられた。

「トラコンはそんなに影響はしてないんですけど、ABSの方が多分ずいぶん細かく制御するようになったらしくて、悪く言うと融通が効かなくなった。結構、前半戦はネガティブな感じがありましたね。融通が効かないというのは勝手にABS入れちゃうとか、それで思ってた制動力が来なかったり、逆に来ちゃったり。第3戦の鈴鹿では悪さが目立って、そこをエンドレスさんが頑張って対処してくれて、第4戦(もてぎ)ぐらいから見えてきた」

 哲学の継続という点では、Mercedes-AMG GT3はフロントサスペンションのアッパーAアームを大胆に後傾させるなどし、ブレーキング時にピッチング方向の動きを抑制するアンチダイブ・ジオメトリーを採用している。当然、リヤも車体側でアンチリフトのピックアップポイントとしているが、この20年型は従来モデルに対してあらゆる領域で”メルセデス推奨セット”にも変化が起こっているという。

「足自体はあんな感じなので、ブレーキングでは縮まないですよね。なのでタイヤだけでノーズダイブする感じ。フロントのアンチダイブ設定については『そういう考え方、使い方があるんだな』って大前提だし、それを活かすように走らせてる」と続ける溝田エンジニア。

大型化したグリルと新形状スプリッターが従来型との最大の識別点。新デザインのヘッドライトもLMP1並みの性能を誇るという

バンパーのえぐりを深め、ディフューザー上面にも排出口を設ける。両側は窪みとし、ウイングレット状の外板をテールライト脇まで伸ばす

■第7戦は77kgを積んでいても得意のもてぎで大きな成果をもたらす気配が漂う
「ただ推奨セットも結構変わってたりして、バネからダンパーから、スタビ、デフ、全部ですね。あとはウイング。スプリングは推奨のレートも変わって、用意されてる6種類は変わらず、推奨がひとつ硬い方になったりしてます」

「なので、向こうの推奨セットで1回テストはしました。彼らがどういう考えで、何を求めてるのかは一応確認したいので。自分たちだけで変な方に行ってもしょうがないし。そこから、ウチのやってきた方向へ進めて『どうなるんだ』とか、『どっちがいいんだ』というのは1回見ましたね」

 その上で、2020年のMercedes-AMG GT3は「推奨に対して去年に比べると変えてる方で『ああこういう方向もあるんだね』とか『意外と走れるじゃん』というのが出てきた」と明かす溝田エンジニアだが、その最終目的は足元に装着されるブリヂストンの個性を最大限に引き出す方法の模索だ。

「推奨との1番の違いはピレリの方が前後ともすごいキャンバーを付けてる。でもそんなの日本でやったらタイヤ壊しちゃうし、さすがにそれは無理だよね、と。さらにヨコハマさんと比べても銘柄が違うので、キャラクター自体が違うじゃないですか。方向性としては『ちょっと無理が効く』。なので、その良いとこの取り分重視で」

「本来、タイヤにもっと仕事をさせようと思うと荷重が欲しい……でもダウンフォースは掛けれないじゃないですか、最初から量は決まってるし。でもウチらは本当に分からなくて、荷重計がないから実際にどれだけの荷重が掛かって、というのが分からない。ただ、もっと刺激は与えた方がいいのかな、とは思っています」

 すでにクルマの特性を完全に把握している蒲生とは異なり、加入当時の菅波は「すごくアンダー(ステア)に感じる」と話したという。これも世界的なMercedes-AMG GT3の持つキャラクターと言えそうだが、チームメイトに対しわずかな年代の差ではあるものの、成長時期に異なる時代を過ごしてきたカート時代のドライビング論法も頭に入れている蒲生は、菅波に対してスタイルの違いを補正し合い、お互いの速い部分を真似し合おうという雰囲気を作り出しているとか。

 続く第7戦はチームと抜群の相性を誇るツインリンクもてぎであり、最終戦手前からは恒例の”ウエイトハンデ半減”措置も加わる。「まあ、それでも77kg積んでますからね。厳しいと思いますよ」と語る溝田エンジニアだが、メルセデスAMGのクルマ造りの哲学同様に、チームの継続性が大きな成果をもたらしそうな気配も漂っている。

特徴的なアンチダイブ・ジオメトリーのフロントサスペンション。ブレーキング時は「タイヤだけでノーズダイブする感じ」

リヤサスもアンチリフトの設定。19年からローターがAP→ブレンボ製に登録が変わり、当初はパッドとの相性で苦労も経験した
K2 R&D LEON RACINGのチーフエンジニア、溝田唯司氏


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