雑誌『auto sport』で連載している、作家いしいしんじ氏によるモータースポーツ・コラム。2017年シーズンから現在までに執筆されたものから、期間限定で毎週ひとつずつ掲載します。ちょっと離れた場所から眺めるからこそ見えてくる、本質のようなもの。これまでにない読み心地の“モータースポーツ小咄”を、お楽しみください。
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小学校にあがる前、ひとひにとってモータースポーツといえば、F1、WRC、そしてル・マンだった。そんけいするひとときかれたら「カルロス・サインツ」とこたえ、いちばん好きなドライバーはアイルトン・セナだった(これはいまもあまり変わらない)。
それが、小学校にはいって読み書きをならい、数字の計算をならうと同時に、俄然スーパーGTに接近するようになった。温泉地、水族館、コンサートホール、どこへいくにも、2007年から2017年までの、いずれかの年の『スーパーGT総集編』を持って行き、時間があれば『全チーム・シーズンレビュー』のページをひらいて顔面をつっこんでいる。
2007年SUGOの“伝説のスリーワイド”は、DVDで何度くりかえし見たか知れない。そんけいするひとは「わきさかじゅいちさん」。好きなクルマは「NSX、GT-R、LC500」。本誌の田中編集長に「どこ応援すんの」と訪ねられたひとひ、目をキラッと輝かせて総集編を開き、「ここと、ここと、ここと、ここと、ここと……」全チームの写真を指さしていった。
そういえば、3~4歳のころ、好きな音楽はジェームズ・ブラウン、スペンサー・デイヴィス・グループ、クラッシュやジャムなどの黒っぽい洋楽だった(クレイジーケンバンドは別格)。それが、小学生になる前後から桑田佳祐や山下達郎を好んで聞くようになってきた。
小学生になってはじめて、自分たちは、自分たちのことば『日本語』をつかっている、と自覚する。字をまねるだけでなく、組みあわせて『ことば』をつくり、相手に投げるよろこびに初めて気づく。日本人だから、日本というこの土地で、日本語でつながって生きていく。
スーパーGTは“日本のレース”だ。前身の全日本GT選手権、いや、それ以前から、日本人が走り、日本人が見守るうち、日本人のこころが揺さぶられるように育ってきた。ジェームズ・ロシターやジェンソン・バトンが、参加してくれてうれしい。日本がどんどん広く、新しくなっていく。自分たちが大きく、新しくなっていくのと歩調を合わせて。だからみんなGTを見る。本気の日本語で声の限りに叫ぶ。そのことばはそのままの音、意味で、サーキットじゅうに響く。
前にも書いたが、ひとひは4歳のとき鈴鹿のホテルで星野一義監督に会った。見るからの幼稚園児を前にしゃがみこみ、星野監督は本気で「いいか、いちに、べんきょう! にに、べんきょう! さんしも、ごも、べんきょうだぞっ!」そういって、力強く握手してくれた。
先日の『ファン感(モータースポーツファン感謝デー)』では、平川亮選手のグリッド・キッズをつとめた。長身の平川選手はひらりとシートからおりてきて、瞬時にひとひの隣に立ち、「いっしょに、しゃしんとろうか」と笑いかけてくれた。
たしかに憧れだ。でも、声のとどかない距離じゃない。あいかわらずひとひは「フェルスタッペンくん」が好きだが、それより「せきぐちくん」「かずきくん」と呼んでいるときのほうが、明らかに、声が弾んでいる。ドライバーも、レースも、自分とおなじところに住んでいる。
ひとひにとって「もちゅーる」「いんぱる」「きーぱー」などはもう日本語だ。でもそれは、僕たちおとなファンの耳にも、母国語として響くんじゃないか。みんなこの土地の声を送り、この土地を蹴って走る。だから、GT500のマシンばかりでなく、ウラカン、AMG、M6らのエンジンさえも、鈴鹿やもてぎのストレートでは日本語で吠える。
(auto sport No.1479/2018年4月27日号 掲載)
いしいしんじ/プロフィール
作家。1966年大阪生まれ、現在は京都在住。京都大学文学部仏文学科卒。2003年『麦ふみクーツェ』で坪田譲治文学賞、2012年『ある一日』で織田作之助賞、2016年『悪声』で河合隼雄物語賞を受賞。『ぶらんこ乗り』『トリツカレ男』『プラネタリウムのふたご』『ポーの話』『みずうみ』『よはひ』『海と山のピアノ』『且坐喫茶』など著作多数。モータースポーツのほか、SP盤収集、蓄音機、茶道など趣味も幅広い。雑誌『オートスポーツ』で連載中のコラム『ピット・イン』の絵はクルマとレースを愛する小学生の息子ひとひ氏が手がけている。
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from 作家いしいしんじのモータースポーツ・コラム/ニッポンのGT
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