ホンダNSX-GTがFR(フロントエンジン)になると聞いて複雑な気分だった。現行NSXは、V6ターボエンジンをミッドシップに積んだ4輪のハイブリッドスーパーカーだったはずなのに、直4ターボのFR車になったらもう原型をとどめてないじゃないか、と。
ただ、世界のモータースポーツ界の潮流はハードウェアを標準化していく方向にあり、それも「ショースポーツ」としては間違ってはいないはず。
「そこで戦うためにはFR化も仕方のない成り行きかな。いや、そもそもNSXにとってそれほど悪い話ではないかもしれないぞ」と思うようになった。
これまでスーパーGTにおけるNSXは結構かわいそうな立場にあった。というのも、ミッドシップゆえにハンデを背負わされ、そのハンデを克服して速さを発揮すれば「ミッドシップだから当たり前。そもそもスーパーGTにミッドシップを持ち込むのがけしからん」と言われてきたからだ。
「FR化によってメカニズム的にはもはや“NSXではないNSX”になってしまうけれど、同じ条件で戦って『どんなもんだい』と胸を張れるのなら、それはそれでNSXにとっては幸福なのではないか。とにかく早いところFRのNSXが戦うのを見たいものだなあ」と開幕を楽しみにしていたら、この新型コロナウイルス騒動だ。
開発テストの状況もパタリと聞こえなくなって、たまたまテストが再開される直前にホンダの佐伯昌浩プロジェクトリーダーに話を聞いたところ「開発が遅れていて、厳しい状況で開幕を迎えざるを得ない」と、悲観的なニュアンスで語るものだから、いったいどうなることやらと心配になった。
ところがテストではNSX勢のタイムがやたらと良かった。そして、開幕戦でもやはり公式練習からNSXは快調に走り回り、公式予選でもさすがにポールポジションは獲れなかったけれども、きっちり上位に並んできた。
決勝レースでもスタート直後にARTA NSX-GTの福住仁嶺がトップをもぎとろうとするし、RAYBRIG NSX-GTの山本尚貴はまんまとGRスープラを押しのけて3番手に上がるし、「厳しい開幕」はブラフだったのかと事態を理解できないままレースを眺めていたら、急激に状況が変わり始めた。
序盤、GRスープラに迫っていたNSXの勢いが衰えて順位を下げ始めたのだ。RAYBRIG NSX-GTもARTA NSX-GTも同じような状態だったので「これはタイヤだなあ」と察せられた。
NSX勢最上位でレースを終えた牧野任祐は「クルマを引き継いだ当初は調子が良くて、前も見えていたが、セーフティカー明けにペースを維持するのが難しくなった」と言う。
牧野が山本と交代したのは30周目、セーフティカーが入って再スタートが行われたのが43周目。10周は速いがそれ以降はペースが落ちるというNSXの特性が浮かび上がって見える。
山本が興味深いことを言っていた。
「(開幕前に)安定したコンディションでレース距離を走ってテストすることができていなかった」
なるほどなあ、と思う。ロングランのテストは周回数ばかり稼いでも意味がない。レースと同じコンディションで走り続けなければ、タイヤを含めた総合的な評価はできない。
そうか、佐伯プロジェクトリーダーはそれを「厳しい状況」と言っていたのか、とそんな基本的なことをあらためて納得した。
ただ、こういう言い方をしたら開発陣に叱られるかもしれないが“一発は速いがロングで弱い”という尖った特性はこれまでもNSXが持ち続けた芸風みたいなもので、じつは内心どこか安心もした。
FRになったとたん、NSXらしさがなくなってしまったらつまらないではないか。共通部品が多くなってしまったGT500でクルマに個性があるというのは喜ばしい話。開発陣は個性が出るほど攻めた仕事をしているのだ、とうれしくさえなった。
もちろん開発している技術者たちやドライバー、チームは大変だろうが、傍観者としてはようやくレース距離の“テスト”を終えた形で迎える第2戦がとても楽しみになったのだった。
from スーパーGT:「厳しい状況」で開幕戦を迎えたNSX勢。FR化で良くも悪くも残った“芸風”
コメント
コメントを投稿