改造範囲拡大の転換点でホンダNSXが断行した異例の”エンジン逆転”搭載【スーパーGT驚愕メカ大全】

 1994年に始まった全日本GT選手権(JGTC。現スーパーGT)では、幾多のテクノロジーが投入され、磨かれてきた。ライバルに打ち勝つため、ときには血の滲むような努力で新技術をものにし、またあるときには規定の裏をかきながら、さまざまな工夫を凝らしてきた歴史は、日本のGTレースにおけるひとつの醍醐味でもある。

 そんな創意工夫の数々を、ライター大串信氏の選定により不定期連載という形で振り返っていく(GT500クラス中心)。

 初回は2003年、”規制緩和”によって可能となったホンダNSXの大改造である。

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 JGTCは、量産乗用車に競技用の改良を加えて仕立て上げた「改造車両」が戦うカテゴリーとして始まった。しかしレーシングテクノロジーに関わる技術者たちの探求心はとどまるところを知らない。彼らは車両規則の隙間を探して改造できる場所を見つけ出しては、走行性能を少しずつ高めていった。

 こうした動向を受けてGTAも車両規則を少しずつ緩め、改造範囲を拡大した。なぜ規則をより厳しく管理せずに改造範囲を拡大したかについては回を改めて説明することになるが、2003年に行なわれた車両規定改定は日本のGTレースにとって改造範囲拡大の大きな節目となった。

 というのも、この車両規定改定によって、それまではキャビン前後に残さなければならなかったベース車両のサイドフレームを完全に取り除いてパイプフレーム構造に置き換えてよいことになったからだ。

 キャビンとそこから前後に伸びるサイドフレームは、自動車の基本骨格であり、ベース車両の指紋のようなものだ。それを切り取って自由に設計したパイプフレームに置き換えれば、ベース車両の特徴は薄まる。量産乗用車に改造を加えた競技車両であったはずのGTは、一歩踏み込んで純レーシングカーに近づくことになったのだ。

 03年の車両規則改定を受けて思い切った開発に踏み切ったのが、NSXの開発陣だった。実はフレームだけではなく、それまでベース車両と同じ方向に搭載しなければならなかったエンジンについても、取り付け方位、方向、位置はベース車両のエンジンルーム内にあれば自由と、改造範囲の大幅拡大が行なわれた。

 そこで開発陣は、それまでベース車両と同じく横置きに搭載していたV型6気筒エンジンを縦置きにする決断を下したのである。

 エンジンを横置きから縦置きにすることには大きな意味があった。横置きでは前側に位置するバンクの排気管を後ろ側バンクの排気管とは異なる経路で取り回す必要があり、レイアウトが難しかったのに対し、縦置きにすれば両バンクの排気管長を等しくしやすく、前方から取り入れる吸気についても気筒間の圧力差の平準化が容易になるばかりか、フレーム構造を左右対称かつシンプルにしてエンジンをフレーム構造の一部として活用できるなど、得られる利点が多かったからだ。

 しかも、ただ単にエンジンを縦置きにしただけではなかった。なんとエンジンを同じ縦置きでも前後逆とし、エンジン前方にギヤボックスを置いて、そこからの動力を側面に出しカップリングシャフト(プロペラシャフトの一種)を介してエンジンの脇を通過させ、エンジン後方に置いたデファレンシャルの側面からファイナルギアへ伝達するという、異例のレイアウトを採用したのだ。

3〜04年型NSXのキャビンおよびフレーム。ギヤボックスがコクピットの後部隔壁に食い込む形でマウントされていた。
3〜04年型NSXのキャビンおよびフレーム。ギヤボックスがコクピットの後部隔壁に食い込む形でマウントされていた。

■本来はFR向けの規則を”応用”することで実現

 1997年にJGTCへデビューしたNSXは、GT500マシンとして唯一、ミッドシップレイアウトのマシンだった。重いエンジンがホイールベースの間に置かれるミッドシップレイアウトは慣性モーメントが小さい分、向きを変えやすくコーナリングに有利と言われるが、前後重量配分という点では後寄り過ぎ、前後のタイヤから限界までパフォーマンスを引き出すという点では問題を抱えていた。

 当時JGTCではフロントタイヤを大径化してフロントタイヤからパフォーマンスを引き出し全体の走行性能を引き上げる傾向が強まっていた。しかしリヤヘビーなNSXは充分な荷重をフロントにかけることができず、潮流に乗り損ねつつあって対応が求められていた。

 しかしエンジンの前後逆転配置は容易ではなかった。というのもドライバーの背後にあるエンジンの前方、キャビンに食い込ませてギヤボックスを置かなければならなかったからだ。車両規則では、ギヤボックスをマウントするためならば「隔壁」に最小限の改造を施すことが許されていた。

 これは本来、フロントエンジン車のギヤボックスを後退させて搭載する際の便宜をはかる規則であったが、開発陣はその規則に着目、ミッドシップレイアウトに当てはめてドライバーの背中にある隔壁にギヤボックスを置くだけの穴を開け、新しいパッケージを成り立たせた。この結果、前からドライバー、ギヤボックス、エンジン、デフという順番でコンポーネントが並ぶことになった。

 ギヤボックスをエンジンの前に配置したことにはもうひとつの意味があった。量産NSXは、エンジンを横置きすることによってホイールベースを縮めコンパクトなパッケージを実現していた。したがって、そのままエンジンを縦置きにして通常のミッドシップカーのようにエンジン後方にギヤボックスを置くと、前後長が伸びる分ギヤボックスとデフが後方へ押され、車両規則でホイールベースが制限されている中では駆動系が成り立たなくなるという事情もあったのだ。

 わざわざギヤボックスをエンジンの前に置き、動力をエンジン後方のデフへ導くという特殊な構造は、非常に複雑でパワーロスも大きくなる。それでも03年の段階では前後重量配分の改善と差し引きした場合に有利だという結論が下され、開発陣はエンジンの縦置き前後逆転配置という大改造に踏み切り、NSXの宿命であったリヤヘビー傾向の前後重量配分を改善したのであった。

 工夫の積み重なったレーシングテクノロジーは、レースファンにとってコースの上で繰り広げられるレースそのものと並び立つエンターテイメントである。03年型NSXの場合、外見を一見すると旧型同様量産NSXのイメージを色濃く引き継いでいながら、そのボディの中には量産NSXとは似ても似つかぬメカニズムが隠されていた。

 ファンの目には大変オイシイ”作品”であったが、同時に本来のGTという意味では新しい車両規則を受けて大胆に本道を外れた”異形”でもあり、複雑な気分で眺めざるをえなかったものだ。

03年シーズン、NSXは第5戦富士のTAKATA童夢NSX、第6戦もてぎのG'ZOX-NSXの2勝どまり。翌年にはエンジンのターボ化に踏み切る。
03年シーズン、NSXは第5戦富士のTAKATA童夢NSX、第6戦もてぎのG’ZOX-NSXの2勝どまり。翌年にはエンジンのターボ化に踏み切る。


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