“魔物”が棲むSUGOで小暮と塚越が演じたシリーズ史上最小差の優勝争い【スーパーGT名レース集】

 日本でもっとも高い動員数を誇るスーパーGT。2019年にはDTMドイツ・ツーリングカー選手権との特別交流戦が行われ、2020年からはGT500クラスにDTMとの共通車両規則『Class1(クラス1)』が導入され、日本のみならず世界中でその人気は高まっている。そんなスーパーGTの全レースから選んだautosport web的ベストレースを不定期で紹介していく。

 連載1回目は2010年シーズンの第5戦SUGO。わずか0.025秒差とスーパーGT史上もっとも僅差で決着した激闘をふり返る。

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 スーパーGTのファンには、“魔物”と言えばもうおわかりだろう。シリーズ中もっともアクシデントが起きるラウンド、SUGOに“棲む”といわれる生命体(?)のことだ。このサーキットで行われるレースは、とかく荒れることが多い。その原因が不可解だったり偶然だったりすることが多いため、それらはすべて“魔物の仕業”とされるのだ。

 2010年第5戦の決着は、そんな魔物のいたずらから始まった。ポールポジション(PP)からスタートしてトップ快走中のMOTUL AUTECH GT-Rが、残り7周の時点で、突然ストップしてしまったのだ。

 なんと、前を走るGT300のマシンが跳ねたタイヤカスが、キルスイッチを直撃して電源が落ちてしまった。それまではトップのマシンが独走という、あまり動きのない展開だったのだが、これをきっかけににわかに騒がしくなる。

 代わってトップに浮上したのが、ウイダーHSV-010の小暮卓史だ。これを追うのはKEIHIN HSV-010の塚越広大。この優勝争いが最後にもつれるように、魔物はMOTUL GT-RだけでなくウイダーHSVにもいたずらを仕込んでいた。

 実はクールスーツが故障していたのだ。時は7月下旬、気温は33度。スタート担当のロイック・デュバルは早々に音を上げて交代。おかげで小暮は全体の6割以上ものロングスティントを、酷暑の環境のなか走ることになってしまった。

 しかもウエイトが70kgと重いため終盤のタイヤ摩耗は激しく、あちこちでズルズル。それでもSUGOはコース幅が狭いので、簡単に抜かれることはなかった。

KEIHIN HSV-010
KEIHIN HSV-010

 追うKEIHIN HSV塚越の方は、ウエイトが28kgと軽く、タイヤもウイダーHSVより7周若い。塚越はこの時スーパーGTでは未勝利で、前の小暮を抜けば初優勝。しかも相手は手負いの状態。もちろんグイグイ行く。

 2台の争いがトップ争いに代わってからは、二度塚越が小暮に並びかけるが、抜くまでには至らなかった。小暮は「GT300と交錯しなければ勝てる」と思っており、塚越もまた、「GT300に(小暮が)詰まれば勝てる」と思っていた。コース幅が狭いSUGOならではの勝負のポイントはそこだった。

 迎えたファイナルラップ。2台はバックストレートに入り、残りは半周となった。両チームのスタッフは皆ゴールを迎えようとピットウォールに陣取っていた。テレビクルーもその瞬間を捉えるために、ウイダーHSVのウォールでカメラとマイクを持って身構える。

 しかし、魔物の仕掛けはまだ終わってはいなかった。バックストレートに入った小暮の視線の先に、GT300の姿が見える。わざわざ大逆転劇が発生するように、実に嫌なタイミングで。このまま行けば、「最終コーナーでかち合っちゃう……」。そう予想した小暮のとおりとなった。

 馬の背、SPイン、SPアウトとクリアするに従い、GT300のマシンに近づいていく。そして最終コーナー。「こっちから抜いてくれ」という意味のウインカーは出ていない。どこから抜くか。インかアウトか。小暮はインから抜こうと思っていたが、予想に反して300のマシンがインに寄って来た。

 小暮は即座に反応して、拳1個分、左にステアしてアウトに舵を切る。だが、このわずかな操作が抵抗となった。立ち上がりではスリップを嫌って右に車体をずらす。そのあいた所を後ろからスピードを乗せた塚越が、真っ直ぐ抜け出て来る。

シリーズ史上最小差の優勝争いが繰り広げられた2010年スーパーGT第5戦SUGO
シリーズ史上最小差の優勝争いが繰り広げられた2010年スーパーGT第5戦SUGO

 KEIHIN HSVのウエイトハンデは軽い。その分、加速もいい。2台は並走状態のまま自チームのピット前を通過し、ゴールラインでは塚越がまさしく“鼻差”で前に出た。モニターに表示された順位が、次の瞬間入れ替わる。それを確認したKEIHIN HSVのピットは大騒ぎとなった。逆転を許したピットの方では、放送禁止用語を叫ぶデュバルを横目にテレビクルーたちは一斉に移動、そして誰もいなくなった。

2010年のスーパーGT第5戦SUGOを制した金石年弘と塚越広大(KEIHIN HSV-010)
2010年のスーパーGT第5戦SUGOを制した金石年弘と塚越広大(KEIHIN HSV-010)

 両車の差は、わずか0.025秒。スーパーGTにおける最小差のゴールである。こんなに僅差なのに、1位と2位のピットの雰囲気は“お祭り”と“お葬式”だった。

 このシーズン、小暮はチャンピオンに輝いたが、のちに「2010年で一番悔しいレース」と語っている。なお、塚越はこの初優勝の後、2018年開幕戦でもう1勝しているが、その時の相棒は小暮だった。

2018年スーパーGT第1戦岡山 表彰台
2018年スーパーGT第1戦岡山 表彰台


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