脳神経外科・脊髄外科医のとして聖隷浜松病院で勤務するかたわら、スーパーGTやFIA-F4が開催されている際に、GTAから派遣されるメディカルデリゲートの一員として、サーキットでの医療を担ってきた渡邉水樹ドクター。2019年の秋からドイツの首都ベルリンに家族とともに移住し、シャリテ大学病院に勤務しながら、2020年はヨーロッパのサーキットで緊急医療現場に関する研鑽を積む予定だという渡邉ドクターに、ドイツでの近況とモータースポーツにおける医療への展望を聞いた。
■新型コロナウイルス禍のなかでのドイツでの医療状況
Q:2019年の秋からドイツへ移住され、ベルリンのシャリテ大学病院にご勤務だそうですが、そのお仕事を簡単に教えてください。
渡邉水樹ドクター(以下(MW):シャリテ大学の脳神経外科の客員研究員として招聘されています。平日は毎朝6時45分からの朝の病棟回診とカンファレンスに出席したあと、夕方まで手術室にいて、本院や分院で私の専門である脊髄脊椎の手術業務に携わり、その合間をぬって論文の執筆をしています。日本のいた頃のように外来診察を行って患者と話をするような機会はありません。
Q:ドイツでも新型コロナウイルスの感染が拡大する毎日ですが、ドイツの最新医療の現場で働いているなかで、病院内の様子を教えてください。
MW:客員研究員としての立場なので救急現場に携わることはありませんので、正直言うとよく分かりません。しかし、近隣のヨーロッパ諸国に比べてドイツはもちこたえているようで、特に北東部のベルリン周辺では、いまのところ医療崩壊には瀕していないようです。ただし、状況がピークを越えたとも感じられず、いつまで今の状況が続くのかは分からない状況です。
私の勤務するシャリテ大学病院では、3月中旬からのロックダウン後は、病院の入口で24時間の入場チェックが行われるようになり、面会の方などは入れなくなりましたので、病院内は非常に人が少なくなり、以前に比べて静かな病棟となっています。また研修医は大幅に削減されているようです。さらに、医学部の学生研修や留学生は、しばらく自宅待機として病院に入れないようになっています。私は通勤用の通行許可証が発行されており、現地の医師とともに手術室や病棟に残っている状況です。
Q:現在、F1チームをはじめ、多くのモータースポーツのチームがファクトリーで医療器具などの作成に乗り出していますが、やはり医療器具やマスク、防御服の不足はご実感なさいますか?
MW:もともとマスクをする習慣がない国が、マスクを使うようになれば、当然マスクは不足気味になると考えられ、これは当病院の中でも同様です。盗難事件もありましたので、鍵付きのロッカーで管理する等、取り扱いも厳しくなっています。日本では一日2~3枚ほど使用するのが当たり前だったマスクを、ベルリンの病棟では週に2~3枚ほどで対応するように指示があり、困惑気味です。ただ通常の手術室で使うマスクや手術着については確保されているようで、いまのところ不足している感じはありません。人工呼吸器については、不足に備えて手術室の稼働を下げているので、使える台数が減っているのを痛感します。
F1チームを含めて、さまざまなところで医療器具の作成を試みていることや、製作段階に入ったとのニュースを耳にしており、医師として期待しています。手術室の稼働を下げて確保できる人工呼吸器はせいぜい10台ですので、1名の重症コロナ患者が人工呼吸器1台を2週間ほど使用すると短く見積もっても、この10台で対応できるのは2週間あたり10人と非常に少ない人数ですので、昨今のドイツや日本の感染者の増加を見るにあたり、重症者が増え出したら、またたく間に医療崩壊してしまうのではないかと危惧しているからです。
Q:現在ご家族でベルリン市郊外にお住まいだそうですが、メディアで報道されているような新型コロナウイルスで差別を受けたことはありますか?
MW:ベルリンはまだ軽い方だと聞きますが、先日、私は街中で若者にクルマの窓から消毒液のスプレーをかけられました。また、妻も現地の子どもにコロナ関係で何かを言われたことがありましたが、私たちの家族はあまり気にしないようにしています。
■モータースポーツの救急医療の発展のために
Q:ベルリンでの病院勤務のかたわら、今季は日本のレースやDTMやF1ヨーロッパラウンドでレースドクターとして関わられるご予定だとうかがいましたが、具体的に主催者のITRやFIA等から、今後のスケジュールや勤務対応について指示や提案はありましたか? また、DTMやFIAのレースドクターとの情報交換等はなさっておられますか?
MW:昨年のF1ドイツGPでは『スポーティング・メディカル・コンサルタント』という役職を与えていただき、公式ドクターとしてサーキットを訪れて、コントロールタワーやメディカルセンターでいろいろな意見交換をしてきました。今季のF1はレースカレンダーの調整中で、どこのラウンドに視察へ行けるのかはまだ分かりませんが、以前から面識のあるF1のCMOのアラン医師と個人的に連絡を取りあって調整しており、今季も1~2戦を視察し、世界基準を現地で体感したいと思います。
また、地元ベルリンで開催予定のフォーミュラEやル・マン24時間などWECも視察をする方向で調整を行っていますが、フォーミュラEに関しては中止が発表されてしまいました。DTMに関しては、私の都合の許す限りの3~4戦に現地へ向かう予定となっています。しかし、DTMも昨今の状況で、実際にはいつ行けるのかは定まっていません。DTMのメディカルデリゲートであるショルツ医師とは、レースの開催されない今も綿密に連絡を取り合っており、DTMが開幕したら積極的に現地へ足を運び、スーパーGTとの医療体制の違いについて話し合いをもつ予定です。今後の日独交流戦に向けて、両国の協力体制の一助になれればと願っています。また、サポートレースのWシリーズの視察も楽しみにしています。
Q:今季は、ヨーロッパのレースに加え日本でもレースドクターとしても並行して従事なさるそうですが、その点についてもGTアソシエイションと調整などなさっていますか?
MW:スーパーGTに関しては、基本的に外部派遣役員としてベルリンから全戦参加する予定をしており、木曜日に日本へ帰国してスーパーGTのデュプティ・メディカルデリゲートと、FIA-F4のメディカルデリゲートを兼任して業務を遂行することになります。また、レースウイーク翌日の月曜日には、浜松の病院で外来診察を行ってからドイツに戻るというサイクルになります。7月に岡山で開幕予定とのことですが、現時点では先が読めない状況です。日本やドイツの検疫強化による2週間の隔離問題は実質的に悩ましいところです。
Q:ご専門の脳神経外科医と脊髄外科医としての研究目的でのドイツ・ベルリンへの移住ですが、モータースポーツの救急医療研鑽の目的は?
MW:非常に多くの方々のおかげで、国内外の多くのサーキットの医療体制を肌で感じる機会のみならず、サーキットや運営側の状況を体感させていただける機会がありました。現在、日本の各サーキットの医療体制は整っている部分も多いものの、やはり横のつながりが強くはなく、サーキットごとの事情もあり、それぞれのサーキットの医療体制には異なる点が少なくありません。
もちろん、それぞれのサーキットの事情に合わせた体制を作ることは必要だと思うのですが、経験や失敗を共有することが、まだまだ少ない印象があります。それゆえ、今後さらなる質の向上に向けて、各サーキット間での治療体制の標準化を目指していくことや、横の連携を強めていくことが必要なのではないかと感じています。
例えば、とあるレースでクラッシュに遭ったドライバーの身体の情報が、たとえ違うサーキットやカテゴリーであってもレースの担当医師らに伝わるシステムがなく、現状では医療者個人の連携において伝わっているのが状況です。相互の医療共有システムが整っているJリーグやラグビーのようなメジャースポーツと同様に、世界から注目される日本のモータースポーツが『スポーツ』としてより認知され、今後の更なる発展を遂げるには、医療体制の向上は必要不可欠だと考えています。
ヨーロッパに滞在しているこの機会を活かして、各関係者のご協力の下で多くのモータースポーツの現場の視察や意見交換といった経験をさせていただくことで、もし可能であれば、今後の日本のモータースポーツの救急医療、そしてモータースポーツ自体のさらなる発展に、微力ながらも還元、協力できればと願っています。
from 日本のモータースポーツ救急医療発展のために渡独中。SGT/F4で活躍する渡邉水樹ドクターに聞く
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