モータースポーツだけでなく、クルマの最新技術から環境問題までワールドワイドに取材を重ねる自動車ジャーナリスト、大谷達也氏。本コラムでは、さまざまな現場をその目で見てきたからこそ語れる大谷氏の本音トークで、日本のモータースポーツ界の課題を浮き彫りにしていきます。
第1回目は、2019年11月23~24日に富士スピードウェイで行われたスーパーGT×DTM特別交流戦を振り返ります。日本とヨーロッパ、それぞれを代表するメーカー同士が歴史的なバトルを繰り広げた現場の裏で垣間見えてきた、モータースポーツを取り囲む環境とレースに挑む姿勢の違いとは?
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2019年11月に富士スピードウェイで開催されたスーパーGT×DTM特別交流戦を取材しました。DTMとはドイツ・ツーリングカー選手権のことで、現在はアウディ、BMW、メルセデスAMGのエンジンを搭載するアストンマーティンの3ブランドが覇を競う、ドイツでもっとも人気の高いレースシリーズです。
つまり、本来は相まみえることのない日欧の自動車メーカーが一堂に会して勝敗を決する、本当に特別なレースが繰り広げられたのです。
ここに至るまでの関係者の苦労や、レースがいかに盛り上がったかなどについてはautosport webにレポートが掲載されているので割愛しますが、私が注目したのはレースに対する日本勢とドイツ勢(今回アストンマーティンは不参加)のスタンスの違いでした。
今回の交流戦について、技術開発を懸命に行う日本メーカーの関係者が「今後よりよいレースにするには、規則をより厳密に統一することが必要」と指摘すれば、DTMのドライバーは「ファンのみなさんにいいショーをご披露できたと思う」と満足げに語るといった具合で、ひとつのレースを評価する視点がずいぶん違っているように思えたのです。
もちろん、日本のレース関係者も今回の交流戦で好勝負が繰り広げられたことを喜んでいる様子でしたが、それと同時に規則のちょっとした差が生み出す性能の違いが気になっていたようです。
こうしたスタンスの差は、彼らがレースに挑む目的の違いを反映しているように思います。端的にいえば、日本のメーカーは技術力を磨くため、ドイツのメーカーはレースを楽しんでもらうことを通じて自分たちのファンになって欲しいと願っていることにあるように思うのです。
もちろん、日本の自動車メーカーも「レースを楽しんでもらう」ことや「自分たちのファンになって欲しい」と期待しているはずです。でも、そのためには高度な技術を投入して自分たちの技術的な優位性を認めてらわなければいけないと信じているように思えてなりません。
この点が、「技術はともかく、まずは喜んでもらればいいんじゃない?」と考えるドイツ勢との決定的な違いのような気がします。
こうした違いは、レースに取り組む体制が日独で大きく異なっているため、とよく言われます。ひとくちでいえば、日本は研究所などの技術部門がレース活動の中心を務めているのに対し、ドイツではセールスやマーケティングといった部署がレース活動の主体になっているそうです。
■「技術競争と販促活動の積極的な結びつきが、モータースポーツの可能性を広げる」
もともと電機メーカーでエンジニアを務めていた私は、各自動車メーカーがレースで繰り広げる技術競争が大好きです。ですから、技術部門主体でレースに取り組む日本メーカーの体制にも異論はありません。ただし、技術部門だけが独走すると、セールスやマーケティングが彼らに反旗を翻し、モータースポーツ活動が続けにくくなる恐れが出てきます。
その結果、レースに挑む参戦体制が縮小されてしまったり、最悪の場合は参戦を取り止める事態にもなりかねません。私が心配するのは、そうした状況です。
このような提案をすると、自動車メーカーのレース部門に所属する方々からは「セールスやマーケティングをレース活動に引き込むのは容易ではない」という答えが返ってきます。
日本ではかつて、レースを販促活動に役立てようと努力しながら、思いどおりの効果が得られなかったケースがたくさんありました。そうした苦い経験から、セールスやマーケティングの賛同を得るのは難しいと考えられているようです。
ただし、そうしたケースでは技術部門がどの程度までセールス/マーケティング部門に歩み寄っていたかが疑問です。「レースを戦う上では不利かもしれないが、セールス/マーケティング部門にとってメリットがあるならそれに挑戦してみよう」
そんな気概がなければ、セールス/マーケティング部門を味方につけるのは難しいように思います。
自動車メーカーが広告にモータースポーツをたくさん活用し、セールスの現場でもモータースポーツを用いたキャンペーンを実施する。そんな環境が整えば、自動車メーカーがモータースポーツに取り組む価値や意義が高まり、その活動に対する向かい風も弱まるでしょう。
私たちモータースポーツファンにとっても、広告やディーラーを通じてモータースポーツと触れる機会がもっと増えれば、これほどうれしいことはありません。
そうした状況を生み出すためにも、技術部門とセールス/マーケティング部門が互いに理解し、積極的に協力し合う体制が必要不可欠だと私は信じています。
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次回は、自動車メーカーによるレース活動が電気自動車時代を前にして抱えるジレンマがテーマ。自動車社会が100年に一度の変革期を迎えていると言われる今、モータースポーツも変わるべき時が来ているのかもしれません。
【Profile】大谷達也 Tatsuya Otani/自動車ジャーナリスト
エンジニア職を経験後、自動車雑誌編集部で新車情報やモータースポーツに関する記事を編集・執筆。2010年からフリーランスとなり、ハイパフォーマンスカーの試乗記事の執筆を中心に、自身の経歴を活かした環境技術や最新モデルの新技術の解説にも定評がある。モータースポーツ記者会会員。
from 「レースはメーカーのため? それともファンのため?」日欧の違いが見えたスーパーGT×DTM特別交流戦【大谷達也のモータースポーツ時評】
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