スーパーGT、日本のモータースポーツ史上、初めて行われたDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)への参戦。DTM第9戦ホッケンハイムに参戦したGT500クラスのTEAM KUNIMITSU、LEXUS TEAM TOM’S、ニッサンGT-RニスモGT500の3台はレース1でのTEAM KUNIMITSUの9位が最高位で、週末をとおしてDTMのトップとはまったく争うことができずにドイツを去ることになってしまった。その背景を3チームのエンジニアのコメントをもとに振り返る。
似ているようで全然違ったスーパGT500クラスとDTM。そのなかでも一番の違いはタイヤだった。スーパーGTではブリヂストン、ミシュラン、ヨコハマ、ダンロップの4メーカーのコンペティションが行われており、もともとのグリップが高いだけでなく、マシンの特性に合わせてそれぞれタイヤの構造やコンパウンドがレースごとに製造されているのはご存知のとおり。
一方のDTMはハンコックのワンメイクタイヤを使用しており、シーズンを通して同じ構造で同じコンパウンドのドライタイヤ1種類とウェットタイヤ1種類が使用される。
使用タイヤによる違いは事前から懸念されていた。そのため。マシンのセットアップだけでなくタイヤ側の安全面からも、今年の3月に一度、富士スピードウェイで各メーカー1台づつが参加するハンコックタイヤのテストセッションが設けられていた。だが、そこで一度走行しているとはいえ、10月のホッケンハイムでは日本からの3台、そしてチームのエンジニアたちは衝撃を受けることになった。
「なんて言ったらいいのか。いろいろなことが違いすぎましたね。このホッケンハイムの路面や運営の進め方が全然違いました。感想としてはまずそれですよね」と話すのはLEXUS TEAM TOM’Sの小枝正樹エンジニア。
レースウイークの直前には、日本の3台のマシンとタイヤの習熟を目的として木曜日にスーパーGT車両専用の走行セッションが午前と午後に行われたが、スーパーGT車両だけではターゲットタイムがどのあたりか見えず、実際に金曜日からDTM車両と走行を行うことで、DTM勢の速さ、そしてDTMの週末の進め方を目の当たりにすることで、日本の3チームは驚きを体感することになった。
タイヤ自体のグリップが日本より高くないことは事前に想定されていたが、ホッケンハイムの路面のミューの低さは想像以上だった。ドイツは普通の一般道でも路面はアスファルトではなくコンクリートがほとんどで、アウトバーン(高速道路)の走行では日本よりも路面がスムーズに走れる、雨が降ると小雨でも水煙が高く上がるなど水履けは日本より良いとは言えない。
「その一般道のイメージのとおりですね。日本のサーキットの路面のミューはすごく高いですけど、ここは本当に路面がさらさら。トラックウォークに行きましたが、路面がコンクリートに近い。日本のサーキットの路面はアスファルトで粒が大きくて角が立っていて引っ掛かりやすいけど、こちらは粒が細かいんです」と、小枝エンジニア。
ワンメイクタイヤでタイヤ自体のグリップの限界が低いだけでなく、路面のミューも低くも滑りやすいため、日本で走っているセットアップではまったく通用しないことを金曜日に思い知ることになった。そして、ドライのレース1の予選では一時、TEAM KUNIMITSUが6番手になったが決勝は9番手が精一杯。LEXUS TEAM TOM’SとニッサンGT-RニスモGT500は予選で最後列となり、その後も週末を通して、その走り出しの遅さから脱することなく下位に沈んだままとなった。
GT-RニスモGT500の中島健エンジニアが振り返る。
「普段使っているタイヤに比べると相当、キャラクターが違ったので、だいぶ、いろいろなことをやりましたけど、それでも全然、アジャストできなかった。そのアジャストは日本でもやらないレベルでのことでしたね。それくらい違いましたね」
特にGT-RはGT500の中で唯一、ミシュランタイヤを装着しており、ミシュランとGT-Rは一体となってタイヤと車両のマッチングの開発を進めてきた。LEXUS TEAM TOM’S、TEAM KUNIMITSUが普段使用しているブリヂストンタイヤは3メーカーに供給しており、ニスモにとってはミシュラン以外のタイヤに合わせるのがブリヂストン勢よりも難しかったことがうかがえる。「その可能性はたしかにあると思います」と中島エンジニアもうなずく。
そんな苦しい状況のなか、日本勢の3台はグリップの低いハンコックタイヤ、そしてミューの低い路面、さらに8度〜10度という低い路面温度のなかでタイヤのグリップをできるだけ稼げるようなセットアップを進めていく。
具体的には、日本の時のセットアップでは足回りが硬く、その状態でハンコックタイヤに荷重をかけてしまえばタイヤのゴムが路面の粒に食い込む前に滑ってしまう。そのため、足回りのセットアップをできるだけ軟らかくしてタイヤに荷重が掛かる時間をできるだけ長くして、タイヤの表面のゴムを路面に食い込ませるよう、スプリング、ダンパーのサスペンションを軟らかくセットアップしていかなければならなかった。
ウエットコンディションでさらに広まったDTMとスーパーGTのパフォーマンス差と、タイヤの理解と運用の大きな違い
その考え方としては日本のウエット時のセットアップに近いが、それでも限界があった。
「クルマを動かせて荷重をゆったりタイヤに掛けてあげないといけない。それでも本当に冗談抜きで、日本の雨のとき以上じゃないですか。ドライでも日本の雨以上に路面にタイヤが引っ掛かってくれない」とトムスの小枝エンジニアは話す。
この状態ではハンコックタイヤを熟知しているDTM勢にかなうはずはない。ましてや、ドライの時以上に、ホッケンハイムでのウエット走行は日本勢に厳しかった。
「全然違う感じ。野球をやっているのになんでバレーボール持ってきてるんだって感じです(笑)」と、使っている足回りの違いに驚くのはTEAM KUNIMITSUの伊与木仁エンジニア。
「ウエットタイヤはそれくらい衝撃的なインパクトでした。はっきり言って、スーパーGTの延長ではいけないよ……ということですね。それはタイヤが一番大きな要素だと思いますけど、こんなクルマに(山本)尚貴が乗ったら、たぶん僕がシバかれると思います(笑)。フロントのレスポンスを考えたときに、今回やったようなセットアップは日本ではあり得ない。ウエットについてはある意味予想以上だった」と、素直に驚きを話した。
日本から持ってきたセットアップではウエットは対応しきれない。使っているモノ、スプリング、ダンパーを替えなければ対応できないというレベルの違いだった。
11月に行われるDTMとの交流戦は、路面のミューが高く富士で開催される。この経験を活かして日本勢もある程度の対策ができるため、ホッケンハイムよりは状況は良くなるはずだが、11月という気温の低さがどこまで影響するか。
それでも、今回のDTMのシリーズ戦に参戦して実際にチーム、そしてメーカー側が体感し、DTMと同じ土俵で四苦八苦する機会を得たことは、今後、グローバル化を進める日本のモータースポーツにとって避けられない部分であり、来年以降も続けていく継続性が重要になる。
DTM第9戦の翌週、DTMに参戦していたニッサンGT-RニスモGT500の松田次生が、F1日本GPの鈴鹿サーキットでF1マシン、そしてF1ドライバーのドライビングを見て話す。
「F1ではフロントの足は硬くして、リヤは車高を上げてレイクを付けてリヤの足は動かすようにしている。DTMでもグリッドで他の車両を見ましたけどアウディ、BMWは明らかに車高が高かった。F1もDTMも同じですよね。グリップの低いタイヤで内圧の管理を徹底して厳しくしている。世界的な潮流としてグリップの低いタイヤを足回りを動かして走らせていますよね」
「そして当然、ドライバーはその足回り、グリップの状態で速く走るドライビングをしないといけない。この鈴鹿でも、F1ドライバーは縁石を積極的に使っていたり、夏の10時間のときは縁石の外側を使ったラインで走行していた。山本尚貴選手のFP1の走りを見ても思いましたけど、やはり日本のドライバーはタイヤのグリップに頼った走り方になりますよね」
ヨコハマのワンメイクタイヤで行われているスーパーフォーミュラでは、内圧を高くして管理を徹底できれば、世界の潮流と同じ状況をすぐにでも作り出すことができるかもしれない。ハイプレッシャーにすることでタイヤの摩耗も厳しくなり、レース中のタイヤ交換の複雑な規制についても解決策が見えてくる可能性もある。
今後、スーパーGTだけでなくスーパーフォーミュラと合わせて、日本のモータースポーツが世界を目指すに当たってはクルマやタイヤ、そして、シリーズの運営方法の違いだけでなく、ドライバーにとっても世界の潮流に合わせたドライビングが求められる。参加したチームは予想以上に苦しむことになったが、今回のスーパーGT500車両のDTMのシリーズ参戦は、今後の日本のレースにとって掛け替えのない貴重なイベントになったのではないだろうか。
from これが世界の潮流への最初のステップ。DTMホッケンハイムで苦しんだスーパーGT500車両とチームの背景《あと読み》
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