2019年シーズン、スーパーGTとスーパーフォーミュラに参戦するTEAM MUGENで監督を務めることになった中野信治。日本、ヨーロッパ、そしてアメリカと世界中でトップクラスのレースに参戦した経験を持つ中野は、監督という立場で次の世代を担うドライバーに何を伝えたいのだろうか。“新人”としてデビューする中野信治監督に話を聞いた。
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──今年からスーパーGT、そしてスーパーフォーミュラと国内最高峰の両カテゴリーでTEAM MUGENの監督に就任することになりましたが、まずはその経緯を教えてください。
中野信治(以下、中野):2018年の暮れに無限さんとお話する機会があって、そのあとに『監督として協力してもらえないか』というお話をいただきました。無限さんには15歳の時からお世話になっていて、僕のレーシングドライバーとしてのキャリアのルーツでもあります。
そろそろ後進の育成にも力を入れなければならないというタイミングでSRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)の方からもお声がけがあって、ヴァイス・プリンシパル(副校長)をやらせていただくことにもなっていましたが、それと同時にチームのなかでドライバーを見させていただくことになりました。
──シーズンを通して監督業に就くのは今回が初めてかと思いますが、監督としてどのような役割を考えていますか?
中野:就任1年目の監督がいきなりチームを変えていくとか、出すぎたことをする気はあまりありません。僕はヨーロッパ、アメリカ、日本でレースをやらせていただいたので、ひとつの角度から物事を見るのではなく、グローバルな目線で物事を見ることができます。自分の頭の中に『こうじゃないとダメ』というバイアスもありません。これは今の日本のモータースポーツ界にとってキーポイントなんじゃないかと思います。
今のモータースポーツは過渡期というか、大きな変化を迎えていると言ってもいいと思うんです。今までと同じやり方で同じことをやっても、これまでと同じようにモータースポーツを理解してもらうことはできないかもしれない。
だから、『何か自分がやれることはないか』と思っていました。チーム監督としての仕事とはズレていると考えられるかもしれませんが、チームに関わらせてもらうようになって、僕は(監督の仕事とも)つながっていると考えています。
これからチームを強くしていくけれど、強くするというのはチームみんなの共同作業です。僕が入ったことによってチームの意識が変わることが重要で、その方向をどうするのかというのがポイントだと思います。
■「バイアスがなければ、スーパーGTでもスーパーフォーミュラでもチャンスを掴める」
──バイアスを持たないというのは、たしかに重要なことかもしれないですね。今がモータースポーツの過渡期だと考えるには、どのような理由があるのでしょうか。
中野:この10数年の間に、僕はル・マン24時間レースに9回出場させていただきました。それもただドライバーとして出場しただけではなくて、チームやスポンサーとの交渉、企画書の作成、ミーティングなどを全部自分でやって参戦してきました。そういった意味で乗る側だけでなくて、自分で作り上げてドライバーとしてやってきているので、面白い立ち位置にいましたね。
F1までやらせてもらえたというのはとてもありがたいことで、モータースポーツ界以外でもたくさんの人に会う機会をいただきました。モータースポーツを支援してくださる企業に対して、『応援よろしくお願いします』と言うだけではありません。
僕は企業の講演会にも呼ばれるようになりましたが、そうやって少しずつ(企業側との)距離を縮めていって、あまりご存知ないと思いますが、実は知らないところで企業の方、一般の方に「本当のモータースポーツはこういうものだ」というのを知ってもらうための活動をしていました。これは草の根運動ではありますが、モータースポーツのイメージを変えるためにすごく重要なことです。
当然、監督としては結果を出したいですし、そこはチームのみなさんと力を合わせてやっていきます。ですが我々がやっていかなければならないのは、モータースポーツをもっと広く認知していただくことです。そうでないと今後も続いていけないし、どんどん先細りするので、非常に重要なことだと思います。この10年間でさまざまな活動をやらせていただいて感じてきたことですが、やれることはひとつじゃないと考えています。
──なるほど。ひと言で監督と言っても、ドライバーやチームの活動を率いていくだけではないのですね。
中野:運転の技術などはそれぞれの問題であって、特にスーパーGTやスーパーフォーミュラのレベルまでステップアップしているドライバーには、今さら僕が教えることではありません。ドライバーはそれぞれ学んできたやり方とかもあると思うし、僕はそれを否定したくない。それにこのレベルにまで達しているのだから、みんな速いし優秀なドライバーでしょう。
でもプラスアルファがないとそこから先には行けないし、バイアスを外すことはできないんです。不可能だと思われることをいかにして可能にするか、というのがこの世界なので、その突破力のようなものを自分自身で身につけてほしいし、もっと武器を増やしてほしい。そのための力になることができればな、と。
運転する以外の部分でどうやって仕事を進めているのか、どうやってチームと関わっていくのかというのが大事な部分です。このスポーツは走り以外のことが8、9割を占めていて、最後の1割にあたる“乗る”部分を頑張るのがドライバーの役割です。乗るまでのその8、9割が勝負なので、そこの部分をどう作り上げていくのかというところをアドバイスできる立場でいられたらいいなと思います。
──スーパーGT、スーパーフォーミュラの監督業と、SRS-K/Fのヴァイス・プリンシパルとしての役割は違うということですね。
中野:運転に関することはSRSでやることであって、僕としては(SRSとチーム監督とで)やることは明確に分かれています。もちろんつながっていることもありますし、SRSで生徒に伝えたいことはあります。(プリンシパルの)佐藤琢磨と話し合い、お互いに世界で経験したことをすり合わせ、重要なポイントを設定して突破力のあるドライバーを育てたいんです。
だけど目標設定をしっかりとやらないとそこにはたどり着かないので、まずは目標を設定することが重要ですし、それができれば、自分には何ができていなのかということが分かります。そこまで明確に分かれば、あとは自分自身で努力するだけです。そうすると目標が自分の方へ向かってきてくれるはずです。
でも、そういうところまで頭で考えてやりたいと思っている時点で厳しいですね。『意識せずにそこに向かえれば、向こうからチャンスがやってくる』というところまで持っていければ強みになるし、意識を変えてバイアスを外すことが大切です。
日本にいるとバイアスがかかりがちなのかな、と感じます。もっと可能性はあるかもしれないし、世界で戦えるかもしれない。いくらでも道はあると思うので、SRSの生徒にはそういうドライバーに育ってほしいと思います。
■中野信治が考える、これからのレーシングドライバー像と日本の可能性
──F1をはじめ、これまで世界で様々なトップクラスのレースに出場されてきた中野監督ですが、海外から見たスーパーフォーミュラ/スーパーGTはどういったレースだと思いますか?
中野:僕はそこに関して深く語れる立場にはいません。やっていることのレベルは高いけれど、日本とヨーロッパとでは戦い方が違うと思います。何度もテストを繰り返してレースを迎えるという日本の戦い方と、パッとセットアップをして走るというヨーロッパの戦い方があまりにも違いすぎて、僕には比較できません。
ヨーロッパでは日本でやっているレベルまで細かくはやらないし、やる時間もありません。こういうのは日本の得意技なんだろうなと思います。ドライバーもチームもこういう状況なので、結果を残すというのは相当大変だと思う。僕自身も今以上にそういうのを理解できるようになっていくだろうし、細かさについては目から鱗です。
日本のレースには日本の難しさ、ヨーロッパのレースにはヨーロッパの難しさがあるので、同じやり方が通用しないということを理解していないと、うまくいかないと思います。僕がヨーロッパでやっていたやり方を通そうとも思いません。『こうすればいいんじゃないか』というのは心の中にはありますが、今までのやり方というのがあると思うし、そこは僕も調整していかなければなりません。
──それでは最後に、2019年シーズンの目標をお伺いします。まずはスーパーフォーミュラですが、TEAM MUGENは2018年にドライバーズタイトル(※1)を獲得しました。やはり2019年は連覇が目標でしょうか。
中野:スーパーフォーミュラはクルマも変わりますし、2018年までとはまったく違うので、僕はあくまでもチャレンジャーだと思っています。タイトルを防衛することをいちばんの目標にしたいのですが、クルマもドライバーも新しくなったので、どれだけクルマの理解を深められるか、ドライバーとお互いを理解できるかが重要です。
もともと良いチームなので1回結果が出れば流れに乗れるでしょう。目標としては、まずは1回勝ちたいです。そこから次にやらなければならないことが見えてくると思いますが、やらなければならないことはたくさんあるので甘くはありません。
──その一方で、スーパーGTではいかがでしょうか。こちらはメーカー同士の争いだけでなく、タイヤメーカー同士の激しい争いも避けられないと思いますが、その点も含めて2019年シーズンの目標を教えてください。
中野:タイヤがどうだとか、『こういう理由でここまでしかできない』とは言いたくない。良い流れが来た時にそれを掴めるかどうかは、自分がバイアスを外せているかどうかだと思います。
バイアスがあったら良いチャンスが来た時にそれを掴めないし、チャンスが来たことにも気付けません。その意識を変えていけるかどうのは仕事のひとつです。何かウイークポイントがあったとしても、それを挙げても仕方ない。もちろん結果は欲しいけど、そのためにやるべきことに集中したいです。
※1ドライバーズタイトル:山本尚貴が自身2度目のタイトルを獲得。なお2019年は山本はDOCOMO TEAM DANDELION RACINGへ移籍した。
from 「“バイアス”がかかっていては海外で戦えない」世界を転戦した中野信治の監督イズムと役割【2019新人監督インタビュー】
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