1994年に始まった全日本GT選手権(JGTC。現スーパーGT)では、幾多のテクノロジーが投入され、磨かれてきた。ライバルに打ち勝つため、ときには血の滲むような努力で新技術をものにし、またあるときには規定の裏をかきながら、さまざまな工夫を凝らしてきた歴史は、日本のGTレースにおけるひとつの醍醐味でもある。
そんな創意工夫の数々を、ライター大串信氏の選定により振り返ってきたこの不定期連載も今回が最終回。第10回は、2014年に採用され現在まで続く2リッター直4ターボエンジン、NRE(ニッポン・レーシング・エンジン)について改めて考察し、当連載の結びとしたい。
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2014年以降、GT500クラスの車両は全車がNRE規格に基づいて開発されたターボ過給直列4気筒エンジンを搭載している。
ターボ直4エンジンがGT500を戦うのはこれが初めてではなく、2002年まではトヨタ・スープラが3S-GTE型ターボ直4エンジンを搭載していた。だが、そのときのターボ直4と比べると、現在のターボ直4は同じようでいてまったく異なる驚愕メカである。
ご存じのようにガソリンエンジンは、シリンダー内の混合気をピストンで圧縮して点火プラグで点火したとき爆発的に燃焼して膨張した燃焼ガスがピストンを押してパワーを発揮するメカニズムだが、自然吸気エンジンでは排気量以上の混合気をシリンダーに吸入することはできない。
しかし、排気ガスとして捨てていたエネルギーを流用して回したタービンでコンプレッサーを駆動し、ガソリンと空気を混ぜた混合気をシリンダーに押し込めば、排気量以上の混合気が燃焼するので、自然吸気エンジン以上のパワーを引き出すことができる。これがターボ過給の仕組みである。
ただし、パワーが出る分、より多くのガソリンを燃焼させているのだから燃費も悪くなる。これを「出力ターボエンジン」と呼ぶ。
これに対し、現在用いられているNRE規格のターボ直4は、名前は同じ「ターボ過給エンジン」だが、出力ではなく燃費を主体に考慮して開発された「燃費ターボエンジン」である。
こうした「燃費ターボ」が近年になって見直され量産車にも多く使われるようになったのは、ガソリンを高圧でシリンダー内に直接噴射する直噴技術や精密な制御技術、新しい素材など、旧時代には成立しなかった希薄燃焼技術、すなわちガソリンをあまり混ぜない薄い混合気を燃焼させる技術が確立したからだ。
旧時代の出力ターボの場合、ガソリンはシリンダー内で燃焼させてエネルギーを発生させるだけではなく、ガソリンそのものを使ってシリンダーや排気系を冷却する「燃料冷却」を行なわなければピストンや排気系が熱で壊れた。
つまりパワーを出すために、ガソリンを燃焼以外にも流用していたのだから、パワーは出るけれども「ガソリンを垂れ流す」エンジンだった。
燃費が悪くてもパワーが出ればいいという時代ならばそれも受け入れられたが、時代は変わって省燃費がもてはやされるようになり、ターボエンジンは徐々に時代錯誤の仕組みとして邪魔者扱いされるようになっていった。
それでも性能優先のサーキットでは使われ続けたものの、やはり時代の波が押し寄せレースでも燃費が取りざたされるようになると居場所がなくなっていった。ところが、省エネ時代、再びターボ過給エンジンが日の目を見るようになり、まずは量産車で復活し、とうとうサーキットでも再び走るようになった。なぜならば、希薄燃焼技術に基づく「燃費ターボエンジン」が現れたからだ。
■「ガソリンを減らしてパワーを増す」新世代ターボの仕組み
旧式の出力ターボに比較して、燃費ターボでは、シリンダー内に送り込まれるガソリンの量は少ない。というのも、ターボが圧力をかけてシリンダーに押し込んでいるのは、ただの「空気」だからだ。なぜ空気の量を増やすとパワーが増大するのか。
前述したように、エンジンのパワーはシリンダーの中で燃焼が起き燃焼ガスが爆発的に膨張することによって発生する。このとき燃焼するのは燃料であるガソリンだが、注目すべきは「燃焼ガス」という文言である。
燃焼ガスは決してガソリンのみが燃焼して生じるものではない。ガソリンが燃焼すると高熱が発生するが、このときそれ自体は燃焼しない空気も熱を受けて急激に膨張する。つまり燃焼ガスは、ガソリンと「空気」なのだ。当然、空気が多ければ多いほど燃焼したとき熱を受けて膨張するから圧力は高くなる。つまりパワーが増す。
だが、空気が多いと言うことはガソリンの比率が小さい、すなわち混合気が「薄い」ということだ。旧式の出力ターボエンジンに空気を押し込んだだけでは混合気が薄くなってエンジンは動かなくなる。無理矢理動かそうとしてもノッキングが起きたり異常燃焼が発生したりしてピストンが溶けたり壊れたりする。
しかし希薄燃焼技術が確立したので混合気を薄くしてもエンジンが作動するようになった。しかもガソリンをシリンダー内に直接噴射するとガソリンの気化潜熱によりシリンダー内冷却ができるので、旧時代の出力ターボのようにわざわざガソリンを使って冷却する必要もない。
また、電子制御が進んで点火時期を綿密にコントロールすれば、燃費ターボ時代よりもはるかに高い圧縮比にしてもノッキングを避けられるようになった。
この結果、新時代の燃費ターボは少ないガソリンと多量の空気をシリンダー内で膨張させられるようになり、ガソリンを減らしてパワーを増す、すなわち燃費向上と出力向上という相反する要素が両立したのだった。
さらに近年では、ただ単にスパークプラグで点火するのではなく、シリンダー内に副燃焼室いわゆるプレチャンバーを設け、そこで一旦少量の濃い混合気に着火、副燃焼室からシリンダー内に強い火炎を噴射して薄い混合気を効率よく燃焼させる技術も普及して、燃費ターボエンジンの性能はさらに向上しようとしている。
このように、NRE規格の燃費ターボエンジンは、パッと見にはかつての出力ターボエンジンと見分けがつかないが、その中身は大きく異なる驚愕メカに進化しているのである。
■日本式の燃料流量リストリクターもまた“驚愕メカ”のひとつ
こうして新時代の省燃費エンジンができ上がったが、レース中にガソリンを使い放題にしてしまっては意味がない。旧式な出力ターボ時代にはレース中に使用できるガソリンの総量規制やポップオフバルブによるターボ過給圧規制が行なわれたが、省燃費の理念を考えると消極的な手法である。
そこでNREを開発する際、日本では瞬間燃料流量を規制するリストリクターが併せて開発されて導入された。
瞬間燃料流量規制は、ガソリンの使用量を制限する一方、環境破壊とは無関係の空気は使い放題にして、燃費ターボの性能を伸ばす前向きな考え方に基づいている。
NREの瞬間流量規制リストリクターは、オリフィスによって一定以上のガソリンが流れないよう規制する仕組みで、性能を均一化するため用いられる吸気リストリクターに似た原理となっている。
ただし気体と異なり、液体をオリフィスで絞ると、液体には圧縮性がないので突然キャビテーション=臨界という状態に達して一気に蒸発し気体になるという現象が起きる。
こうなるとエンジンが燃焼するために要求する燃料流量をまかなえなくなってエンジンが失火し、高速走行中に突然失速して追突など危険な状態を招きかねないという懸念があった。
そこでF1グランプリでは物理的に流量を規制せず、超音波を用いた電子的な監視による流量規制が導入されたが、日本の技術陣はオリフィスと電子制御を組み合わせ、安定して安全な瞬間燃料流量リストリクターを作り上げた。
構造が単純で管理が容易なうえ、ハンデ制度による絶対性能制限にも使いやすい日本の機械式瞬間燃料流量リストリクターもまた、レースの本場ヨーロッパに先んじた驚愕メカのひとつだと言えるだろう。
from プレチャンバーも開発の焦点に。“燃費ターボ”NREは最新かつ最後の大技か【スーパーGT驚愕メカ大全/最終回】
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