1994年に始まった全日本GT選手権(JGTC。現スーパーGT)では、幾多のテクノロジーが投入され、磨かれてきた。ライバルに打ち勝つため、ときには血の滲むような努力で新技術をものにし、またあるときには規定の裏をかきながら、さまざまな工夫を凝らしてきた歴史は、日本のGTレースにおけるひとつの醍醐味でもある。
そんな創意工夫の数々を、ライター大串信氏の選定により不定期連載という形で振り返っていく。第5回となる今回は、00年にホンダNSXが採用したギヤボックスを取り上げる。
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GTに限らず、レーシングカーの開発は車両規則というワクの中で行なわれる。技術者たちは、そのワクの中で考えられる限界を極め、最も高性能な車両を生み出そうと努力を重ねるのだが、いったんできあがった完成形に改良を加える際には、ややこしいことになる。
というのもさまざまな制限や条件を満たして限界を極めた完成形のどこかに改良を加えようとすると、その変化が他の箇所に影響して車両規則のワクの中に収まらなくなってしまうことがあるからだ。2000年型のNSXにそれが起きた。
この年、技術陣(当時エンジンは無限、車体は童夢が担当し、ホンダ=本田技術研究所がバックアップする形で参戦)はNSXに思い切った改造を加えて次世代のマシンに進化させようと考えた。NSXは市販状態でコンパクトなミッドシップカーを目指し、V型6気筒エンジンを横置きに搭載していた。当時はJGTC車両も車両規則でエンジンは横置きのまま使わなければならなかった。
しかし市販車同様、前側バンクのエキゾーストパイプをエンジン下に通して後方へ伸ばす限り、エキゾーストパイプが邪魔をするのでエンジンの搭載位置を下げ低重心化するには限界があった。
だが2000年に向けて開発陣は、エキゾーストパイプをエンジンの横に通す大改造を加えて重心高を下げることに成功した。
このとき開発陣は「どうせ大改良を加えるならばエンジン搭載位置を下げるだけではなく、前進させて前後重量配分も改善しよう」と考えた。ところがここに大きな課題が生じてしまった。車両規則はホイールベースの変更を禁じていたからだ。
同じホイールベースの中で横置きエンジンを前進させればギヤボックスとデファレンシャルも前進し、デファレンシャルの位置と後輪車軸がずれてドライブシャフトに後退角がついてしまう。
当然そのままでは駆動系の耐久性にとって大問題になる。いったんでき上がった完成形に改良の手を加えた結果、その影響でそれまでの完成形が崩れ、車両規則の中で成立しなくなる典型例である。
この問題を解決するため考え出されたのがギヤボックスの大改造だった。デフの出力軸が前進してしまった分、エンジンとギヤボックスの間にギヤを追加してギヤボックス全体を後退させれば帳尻が合う。
しかし技術陣はこれだけで仕事を終わらせなかった。せっかく余分なギヤを増やすのであれば寸法を合わせるだけではなく、もっと積極的に使おうと考えたのだ。
■軽量化だけでなく、空力面などでもメリットあり
エンジンとギヤボックスの間に追加する余分なギヤ=アイドラギヤの歯数を調整してギヤボックスへの入力回転数を上げれば、同じトルクを伝達するときギヤボックスが受け持つ負荷は減る。
横置きギヤボックスの中には、前進6段の変速を受け持つギヤがシャフトに串刺しになった形で横向きに並んでいて、ギヤにはエンジンのパワーや車体重量によって負荷がかかるから、ギヤの1枚1枚はそれなりの厚みを持っている。
だがアイドラギヤで入力を増速してやれば、ギヤにかかる負荷は減るからギヤを薄くできる。そうすればギヤボックスの幅を狭めることができるのではないか。
そこで技術陣は当時フォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)で使われていたギヤを流用することにした。
フォーミュラ・ニッポン用ギヤは、かかる荷重が少ないので車重が1トン以上あるGT用ギヤに比べてその厚みはおよそ半分。6速分のギヤが薄くなれば横置きギヤボックスの横幅は一気に狭められる。
ギヤボックスケースの横幅が狭くなれば、エンジンルームの空間が広がり、後部の軽量化が実現すると共に空気が流れやすくなって冷却面でも空力面でも大きなメリットが得られる。
アイドラギヤを追加しFニッポン用ギヤセットを流用した新しいギヤボックスは、構造が複雑化したりフリクションロスが増えたりするデメリットもあったが、まさに一石二鳥のアイデアであった。
実際、新しいギヤボックスは当初トラブルを多発し、「ガラスのミッション」と呼ばれることになった。しかし改良が進み信頼性が増すとNSXはその威力を発揮し、シリーズ7戦中4回の優勝を遂げてチャンピオンカーとなったのだった。
from ホンダNSX開発陣が見せた応用力。“余分なギヤ”とフォーミュラ転用パーツでギヤボックスを最適化【スーパーGT驚愕メカ大全】
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