【秘蔵私的写真で振り返るGT進化の旅/特別編】ニスモの匠に学ぶGT-Rと牛の空力講座

 レース再開を心待ちにしているみなさま、いかがお過ごしでしょうか。

 今回は現在別企画で連載していますGTメカもの振り返り企画の特別版『ニスモの匠に学ぶGT-Rと牛の空力講座』をお届けしたいと思います。

 ニッポンGT進化の歴史は『空力の進化』の歴史でもあります。そこで今回は現在スーパーGTマシン、GT-RニスモGT500の空力開発責任者の山本義隆さんに、空力開発や開発に用いるCFD(Computational Fluid Dynamics)画像とは何かを教えて頂きたいと思います。

 リヤウイング、時速300kmの話も必見です。それでは山本先生お願い致します。

──まず空力分析、開発においてCFD画像とはどのような役割を果たしているのか教えてください。

山本義隆(以下、山本)「CFDは 流体力学の数値解析手法を意味し、数値解析結果をわかりやすく色のグラデーションに数値のスケールを割り付けたり、方向と強さを同時に表現し結果を示すものです。コンピューター上でCFD画像を見ることによって目に見えない空気の流れなどを可視化できるのが一番の利点になります。このシステムを利用してデザインされた空力部品は、空気の流れを想像して作るより開発結果の精度が向上し、手戻りのない“開発の効率化”を実現できます」

──では、CFD画像の読み方を(色、矢印)を教えてください。

山本「色分けは圧力や速度の分布を表します。色は個々に設定出来るので作成者の好みで変わってきますが一般的には青は低圧や低速、赤は高圧や高速として使用します」

「車体を使用した色分けの場合はその車体表面の圧力や車体近辺の風速という事になります。矢印表示はその位置での空気の流れを示します。矢印が進行方向に向いていたり、ぐるぐる回っているようだとそこに渦が出来ている(ドラッグ)という事になります。矢印の長さで風速を表すものもありその場合、矢の方向が風向き、長さで風速を表します」

──車体表面の圧力、という言葉に関してもう少し教えてください。

山本「簡単に言うとある速度で走った時に一定の場所を押さえる力、もしくは引っ張る力が働くのかということです。車体の後ろの面の圧力が低い(青色)と後ろに引っ張る力=ドラッグになり、車体の上面の圧力が高かったら(赤色)押し付ける力=ダウンフォースになります」

「逆に圧力の低い面が前を向いていると推進力になり、車体上面の圧力が低いとリフト(引き揚げる力)になります。同じく床下でもダウンフォースを得るために極力圧力を下げて床板と地面が引き合うよう(グランドエフェクト効果)可能な限りドラッグを少なく、ダウンフォースが多くなるように開発をします。例えばリアウイングの場合上下面セットでひとつのデザインですが、上面を空気で押し付けてダウンフォースを出すというよりは、下面の高速の気流によって下面に大きな負圧を発生させウイングを引き下げる、という意識でデザインします」

──リヤウイングが下面でダウンフォースを生んでいるとは知りませんでした。説明の中で圧力の低い面が前を向いていると推進力になる、という解説がありましたが詳しく教えてください。

山本「近くに圧力が低いところがあると物体が吸い寄せられるという現象です。富士のストレートなどは時速300kmで空気を押しのけながら走行します。表現は難しいですが、その時車体前方に一部分でも低圧部分が作れたらそこに車体が引き寄せられることで推進力が発生するという仕組みです」

──CFD画像と風洞実験の関係性を教えてください。

山本「CFD画像で確認できたデータを基にスケールモデルを作成し実際の空気の流れを確認していきます。逆に風洞での様々なデータを見てCFDが合っているのかと言う検証をしたりもします」

CFD画像で確認できたデータを基にスケールモデルが製作される
CFD画像で確認できたデータを基にスケールモデルが製作される

──では、牛のCFD画像の解説をお願い致します。

山本「この絵は圧力分布を示すと仮定した上で、色分けは圧力が高いところが赤色、低いところが青色です。鼻にはそこそこラム圧が掛かっていて吸気はOK。後方排気で推進力もありそうです。前足の前面は赤くなってドラッグを生んでいますが、側面は圧力が低くなっていてドラッグ低減効果あり。眉間の圧力が高いのはFRダウンフォースを生んでいます」

「色が青くて矢印が流れの方向を向いていないお腹は不可解ですが、前足と横に出っ張ったお腹の後ろで渦が発生しドラッグを生んでいると思われます。グランドエフェクト効果はまったく見られず、ダウンフォースはまったく出ていないのでニスモ空力Grの監修を受けることをお勧めします」

牛のCFD画像

──尻尾に関してはいかがでしょう。

山本「後方にピンと伸ばせば後方の悪い渦の生成を妨げることができ、多少のドラッグ低減効果はあるでしょう。競走馬が走っているとき尻尾を伸ばしているのはバランス取りのためで空力効果ではないと思いますが、本能的にドラッグ低減を図っているのかもしれません。ないと思いますが」

──外板(骨格)に関してはいかがでしょう。

山本「後脚の付け根、腰骨の辺りがオレンジ色なのはドラッグはあるが、RRダウンフォースにとって有効だということを表しています。 腰高でおしりの幅が広いGT-Rと同じ傾向ですね」

2020年モデルのGT-RニスモGT500
2020年モデルのGT-RニスモGT500

■2020仕様GT-RニスモGT500の空力概要

──GT-Rの話が出ましたが2020仕様のGT-RニスモGT500の空力概要を教えてください。

山本「2020車両は『安定した空力性能の発揮』をテーマに、マイルドな空力性能を持ったクルマに仕上げています。安定した空力性能のフォーミュラカーなどと比べるとGT500は空力に敏感です。したがって、2020年シーズンのGT-RニスモGT500はフォーミュラ的な安定した空力を目指してデザインしました」

2020年モデルのGT-RニスモGT500
2020年モデルのGT-RニスモGT500

──ラテラルダクト出口周辺などは他メーカーと比べると山本さんのデザインは攻撃的、男子の心をくすぐる、そんな印象を受けます。前段でコンピューター解析するという話がありましたがそもそもデザインの源流はどこから来るものなのでしょうか。

山本「心掛けているのは『速そうで、速いクルマ』。スタイリングに関しては過去のショーカーの仕事などで出会ってきた一流のカーデザイナーの方々からの知見、デザインの部分はF1や戦闘機などの機械ものはもちろん、ファッションや建築などあらゆる物の中の洗練されたデザインからそのセンスを吸収してレーシングカーデザインに反映しているつもりです」

「ただ、規則でどうにもならない年もあります。逆に規則の解釈で他にないデザインにできたりもします。2006年のGT500に参戦したフェアレディZのリヤ周りなどはその一例です。この時は他社のエンジニアに『こんなのアリなの・・・?』と言われました。デザインするという意味では生まれ変わったらレースではなくパリコレに関わりたいと思っていて、今度は童夢ではなくディオールにバイトで入り込もうと決めています(笑)」

2006年のGT500マシン、フェアレディZのリア周り
2006年のGT500マシン、フェアレディZのリア周り

──最後に読者に伝えたい事、注目ポイントなどがありましたらお願い致します。

山本「私達開発サイドからは、是非タイヤ開発を含めた技術開発競争の部分を楽しんでいただきたいと思います。スーパーGTはこれからも世界最速のGTです」

 GT500開発最前線を担う方のお話いかがだったでしょうか。かつて日本レース界の空力開発と言えばあるデザイナーは田宮のF1プラモデルを模倣し、またあるエンジニアはまだ風洞実験が叶わない時代、1/18(ルマンカー)ミニカーの4輪それぞれをキッチンメーターに乗せ前方から送風機で風を送り、自作のエアロパーツ(カナード追加等)をミニカーに装着してそれぞれの重量増減で空力開発をしたことがある、と言っていたことを思い出します。

 みなさまもぜひ、ご自宅でお子さんと一緒にミニカーで空力実験をしてみてください。そしてレースが再開されたらこの企画を思い出して頂き、お子さん達に『空力とは何ぞや』を語ってあげてください。

 かつて、山本さんから「すべての空力パーツの形状、位置、角度、大きさには意味があり、開発者の意図が込められている」と聞きました。2020年、富士スピードウェイにて開催されるスーパーGT開幕戦、テレビ画面に映し出されるマシンたちからそれらを推察する、そんな楽しみ方も良いのではないでしょうか。

<<プロフィール>>
山本義隆(やまもとよしたか)
学生時代からアルバイトで童夢に在籍、その後フリーランス。2001年から2006年、2011年から現在までニスモに所属。車両開発部 チーフエアロダイナミシスト。



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